調律きまぐれ日記 vol.12

 

トカゲのしっぽ

ある日
とある中学校に調律に伺いました。
学校での調律は特にめずらしいわけでもなく、いくつかの学校には定期的に
お伺いをしていて、その日も、何度もお伺いしている中学校におじゃましました。
ちがっていたのは、式が近く、今回は急ぎの依頼だったことぐらいでした。

先生から体育館のカギを渡されて
「いつもの様に体育館横の入り口から入って舞台の上のグランドピアノをお願い
しますね」と、いわれました。
「はい、いつもの通りですね、じゃ、終わりましたらまた、職員室まで来ます」
そう言って、私は体育館へ向いました。

ガラガラと思い鉄の扉を開けて、体育館に入った時でした。
私の両足は、床に吸い付くようにピタッと止まってしまったのです。
「うわっ、なんやこれ・・・ワックスがベタベタやん」
体育館の床は全面ワックスが塗られていて、しかも全く乾いていないではないですか。
私の両足の靴下は、しっかりワックスにくっついてしまって、ベタベタです。
ピアノにたどり着けるわけもなく、どうすればいいの?
仕方なく、私はトカゲのしっぽの様に両方の靴下を体育館の床に残したまま、
裸足でくつをはいて、職員室まで戻りました。

私  「先生、あのー」
先生 「あっ、そうそう、ワックスが塗りたてやったなぁ、忘れてたわ」
私  「そんな事、先に言って下さいよ!」
先生 「ゴメンゴメン、でも、乾いてると思うわ」
私  「いやいや、乾いてませんよ、ホラ」
    私は裸足を見せました。
先生 「どうした?」
私  「とにかく一緒に体育館に来て下さいよ」

先生を連れて体育館に戻りました。
体育館の床に残された、私の両靴下を見て、先生は爆笑しています。
先生 「でも、今日中に調律をしてもらわないとなぁ・・・」

仕方がないので私は、体育館の靴を履き替える所の大きなすのこを順番に並べて
ピアノの所までたどり着いて調律を済ませました。

作業が終わって、すのこを戻し、靴下を回収して職員室へ戻りました。
私  「先生、調律が終わりました。」
先生 「本当に御苦労様でした」「ごめんなさいね」「はいこれ」
    そう言って先生は、真っ白の新しい靴下を下さいました。
私  「ありがとうございます。次回は気を付けますね。」

トカゲのしっぽは同じ色がはえてくるけど、私の靴下は白のソックスになり
ました。 
黒い革靴に・・・

 

1