調律きまぐれ日記 vol.11

 

~矛盾~

ある日
いつものように、田舎のお家に調律にお伺いしました。
そのお客さまのお宅は、御夫婦が会社に勤めておられて、おじいさんと
おばあさんは農業をされておられる御家族で、私はお孫さんのピアノの
調律に、毎年お伺いしているのです。
いつも、夏の暑い時期にお伺いをするのですが、クーラーが設置されていない
のため、窓を全開で作業をしていました。
さわやかな風が、そよそよと吹き込んできて、作業も順調に進んでいたころです。

「おばあさん、畑に薬を散かなあかんなぁ」と、おじいさんの声がしました。
「そやねぇ、やりましょか・・・」と、おばあさんも賛同のようすです。
「ちゃんと、服着て、マスクをせなあかんでぇ」と、おじいさん
「ハイハイ」と、おばあさん

窓のそとから、二人の会話が大きな声で聞こえていました。

これから、農薬を散布されるのだなぁ・・・炎天下の中、大変だなぁー、と
考えながら、私が作業をすすめていた時です。
突然、鼻を刺す刺激臭がして、のどがとても痛くなったのです。
「うわっ、なんやこれ、目も痛くなってきたし、劇薬ちがうかなぁ」
このまま吸い続けてはいけないと思って、手元にあったピアノを拭くクロスで
私は鼻と口を覆って、部屋から逃げました。

おそらく、農薬を散布するために、タンクから噴霧器に農薬を移しておられた
んだろうなぁ、その蒸発した農薬が、全開の窓から作業をしている私のところに
流れて来たんだろう・・・。
結構、吸ってしまったけど、大丈夫かな? 
変な事にならないかなぁ・・・。と、不安げにまたピアノの部屋に戻った私は
窓から様子を伺いました。

そこには、農薬を移し替えておられる、おじいさんとおばあさんがおられました。
薬を多量に吸い込んだ私は、心配なので訪ねてみました。
私      「すいません、それって農薬ですよねぇ」
おじいさん  「そうや、虫を殺すやつやで」
私      「私、たくさん吸ったみたいなんですけど、大丈夫かなぁ」
おばあさん  「大丈夫、大丈夫、なんともないわな・・・」と、

おじいさんとおばあさんは、全身を覆う作業着とマスクを着て、堂々と言いました。

大丈夫やったらいつもの格好で作業してよ。 

今日現在、私には全く異常はありません。
虫ではなかったって事ですね。

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