調律きまぐれ日記 vol.7
負け試合


ある日。
いつものように調律にお伺いしたときの事です。
その日は日曜日にも関わらず、奥様がお一人で応対していただきました。
私、  「今日はお休みなのに、家族の方はお出かけですか?」
そう尋ねると
奥様、 「今日、主人が草野球の試合に、子供2人をつれて出かけているんですよ」
私、  「それは、失礼しました、私が来るので、奥様は一緒に行けなかったんですね・・・」
奥様、 「いいえ、みんながいると掃除も出来ないので、主人が子供を連れて行ってくれると
     助かるんです」
とのこと。
どこのご家庭でも、子供さんとご主人がいると奥様は家事ができないものなんだなぁと
うなずきながら、調律の作業に取りかかりました。
静かな環境に気持ちよく作業を進めて30分くらい経ったときです。
すさまじい音と共に、ご主人が私の居る部屋へ飛び込んで来られました。
野球のユニフォームを着たご主人は、「グローブ、グローブ」と、さけびながら
ピアノの横の押入の中から、グローブを取り出し、また、すさまじい勢いで飛んで
出て行かれました。
静まり返った部屋で、また、作業を再開した私の想像は、「野球に行かれたけどグローブを
忘れて、あわてて取りに帰ってこられたんだな・・・あの、あわて様では、試合の時間が
迫っていたのかな・・・」
などと、考えながら、苦笑の中、作業を続けました。
そのあとは何事もなく、作業を終えて、帰ろうと玄関に立ったときです。

ショック
私の靴がないのです。
革の黒い靴がないのです。
そのかわり、白地に赤のスパイクが散乱しているのです。
私、  「あれ・・・ひょっとしてご主人さん、私の革靴を履いていかれたのかな・・・」
奥様、 「あの人、普段はスーツで会社に行ってるからいつも通り、無意識で革靴を履いて
     いったのかも・・・」
そのときです。
先ほどとはちがって、落ち着いたご主人が、ユニフォームに革靴で玄関に登場されました。
子供にいいところを見せようと張りきって行ったのに、グローブを忘れ、革靴で登場して
みんなに笑われて、結局、スパイクじゃないので、先発メンバーになれず、落ち込んで
帰って来たそうです。
私に謝りながら、スパイクにはきかえられた姿は、やっぱりばっちり決まっていて似合って
いるのですが、その後ろ姿は敗戦チームの選手みたいで、最悪の日曜日のパパでした。

 

 

 

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